百万円ゾンビ(2稿−12)
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「お金を脅し取るっていうのは、感心できませんよ」
友達が被害者になり、仕返しがてら金儲けをするのは正しい道ではない。口実が欲しかっただけではないか。
「やられたことをやり返してやりたかったんだよね。逆らえない相手に法外な値段を請求される気持ちを味わってもらいたかたんだ」
「で、あなたは百万円で何を買うんですか?」
僕が軽蔑していることに察してか、ピエロが「あー」と納得するように漏らし、ふっふっふと含み笑いをした。
「ランドセルを買ってる」
「ランドセル?」と素っ頓狂な声をあげてしまう。
「ぼくが使うんじゃないよ。最近、『虎のマスク』って名乗ってるんだけど、わかる?」
虎のマスク、と口にして見て、はっとする。小此木さんが見つけた、良いニュースの方だ。
「あのランドセルのですか!? 養護施設に送ってるっていう」
「せいかーい」
ピエロだったり、虎のマスクだったり、この人の本当の顔はなんなのだろうか。
「ぼくはお金の為にやってるんじゃない。さっきも言ったけど、これは僕の憂さ晴らしの自己満足なんだ。許したフリをして自分の感情を誤魔化して生きたら、ぼくの人生は僕の人生じゃなくなる。自分は何もしなかったんだ、そんな後悔をしながら生きるなんて、死んだのと同じだ。だから、生きる為にやったんだ」
人を騙したお金で買ったものを寄付されたくない、という他人の気持ちも彼は気に留めていないのだろう。自己満足だから、と。
「それで、もう満足しましたか?」
呆れつつ質問をすると、ピエロは首を横に振りながらポケットからスマートフォンを取り出した。
「まだ。けど、これが最後のカードだ」
ピエロがそう言って、大げさにスマートンフォンの画面をタップした。
「今、秋山たちを告発する情報をネットに流した。騙したなって思われるだろうけど、こっちはもともと筋を通すつもりなんてないからね。ぼくは良い人じゃないし」
最後まで悪びれる様子を見せない表情が、罪悪感を抱くなら最初からしないと語っている。
秋山たちは自分のしてきたことが晒された。逮捕者も出ているし、デマだと流されることはないだろう。他人の人格を踏みにじった下衆というレッテルを貼られて、生きて行くことになる。
もし、自分がピエロの立場だったらどうするだろうか。妹の静海が同じ目に遭い、警察が何もしてくれなかったら。そう考えると、胸の中に黒くてどろりとした感情が氾濫した。たっぷりと反省させ、そして終わりのない罰を与えたい。
……誰かの影響なのか、もともと僕もそういう気質があったのか、物騒な考えをするようになったものだ。
「ちゃんとお礼を言ってなかった。君が来てくれて、本当に助かったよ。ありがとう」
「覚悟をして今日の為に準備をしていたみたいですけど、どうして遅れて来たんですか。それほど大事なことがあるとは思えませんよ」
ピエロの纏っている雰囲気が、急に変わった。冷たい空気になり、何故か息がうまくできなくなる。
「友達が自殺未遂してね。病院に行っていたんだ」
ピエロが初めて、弱ったような掠れた声を出した。
大丈夫なんですか? そう訊こうと思ったのに、僕の口から出て来たの別のものだった。
「……その人のことが好きだったんですか?」
質問を受け、ピエロはしばし黙り込んだ。そして、遠くを歩く、風船を持った少女の方を向き、「大切な友人だよ」とこぼした。
「誰よりも大切な友人なんだ」
噛みしめるようにそう言って、君にはいないかい? と目を向けられる。わかるかな、まだわからないかな、と表情が語っている。僕は、放っておけない友人のことを思いながら、小さくうなずく。
ピエロが視線を戻し、僕のことをじっと見つめてくる。
真相を知ったけど、どうする? と視線で訊ねてきているようだった。
おそらく、僕が警察に行けと言えば素直に自首するだろう。
彼のような目を僕は知っている。
他人が決めた価値観に縛られないで、自分のルールで生きている人間の目だ。正しいのか間違っているのか、良い奴なのか、悪い奴なのかわからない。
「ところで、なんでゾンビ?」
「ああ、それはぼくのアイデアじゃないんだ。計画を考えたり証拠集めをしてくれたのは別の人がいてね」
やはりそうだよな、こんなことを思いついて実行に移すのは彼しか知らない。そう思いなが最後の質問をぶつける。
「森巣良ですか」
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