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百万円ゾンビ(2稿−10)

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 自分の失態を報告するのは辛いものだ。

「逃げられちゃったのは平くんのせいじゃないよ」

 自分の失態を優しく慰められるはとても沁みる。面目ないとはまさにこのことで、恥ずかしくて小此木さんの顔を見られなかった。小此木さんは俯く僕に、「しょうがないって」としきりに声をかけてくれる。

「相手の足が速かったんだから」
「足が遅くてごめんなさい」
「ドンマイ、切り替えていこう!」

 ベンチに戻ってきた選手を励ますチームメイトのように、小此木さんが僕の肩を叩く。

「平くんがトイレ行ってる間に調べてただけど、早速ゾンビが燃えてるよ」

 反射的に、ゾンビの体が炎に包まれ、よたよたと歩いている場面を思い浮かべてぞっとする。が、すぐにかき消す。これは現実だ。

「半裸で抱きつく迷惑な若者は誰なんだ? ウケようと思ってやってるんなら最悪だって怒った人たちの怒りの炎がそりゃあもう、めらめらと」
「炎上ですか。どこの誰か炙り出されるのも、時間の問題でしょうね」
「それなら、もう特定されたよ。秋山昴あきやますばるっていう大学生だって。SNSのアカウント、アルバイト先、飲み会の写真までたくさんネットに流れてる」
「早くないですか? 人違いだったらどうするつもりなのか」

 小此木さんが無言でスマートフォンの画面を向けてくる。顔を近づけて確認すると、みんなでフットサルに興じている健康的なものや、酒の空き缶に囲まれながら駅のホームで寝ている爛れたもの、あとはひたすらキリッとした顔の自撮りが並んでいた。これだけ用意されていたら、間違うわけがない。

「平くんに話しかけてきた女の人の話を聞く感じだと、秋山って人が自分の意思でゾンビごっこをして、わざと注目を集めたっていうわたしの推理はハズレだね」
「そうですね。秋山は脅されているみたいでしたよ。それでゾンビごっこをしたり、百万円を用意したりしたみたいです」
「女の敵って言ってたのも気になるよね。その秋山と大宰っていう人らが何をしてたのか。痴漢をするサークルでもあるのかな」
「それはもはや犯罪集団ですよ」 
「犯罪集団と言えば、あの三人組に連れて行かれた秋山は今頃どうしてるんだろうね」

「職員室でお説教、みたいな甘いことはないでしょうねぇ」どこぞの事務所で暴力を受けているかもしれない。得体の知れない百万円を持っている自分にその暴力の矛先が向かないか、改めて不安になる。

「ああいう物騒な人たちが出向いてきたってことは、商売の邪魔をされたからだと思うなよね。っていうことは、秋山たちはそういうお店の客で、女の敵になるようなことをしたってことじゃないかな?」
「なるほど。でも、ゾンビになった理由は?」
「お店で働く人が結託して、迷惑な客を脅迫したんだよ。悪行をばらされたくなかったら、言うことを聞けって」
「けど、言うこと聞いたのに拉致されるなんて割に合わないんじゃないですか?」

 すると、小此木さんが腕を組み、得意げに含み笑いをした。「それが目的だったのだよ」と芝居じみたことを言う。ので、「と、言いますと?」と調子を合わせる。

「制裁を下したいけど、秋山がどこにいるのかはわからない。それで、誘き出すことにした。お金も払うし、恥もかけば、さすがに許してもらえると油断して現れたところを、三人組に捕まえてもらう。一石三鳥」

 なるほど、と相槌を打つ。

「金髪の女の人はお店の人で、秋山の監視をしていた。それで、ゾンビごっこをしてるのを確認して男たちを電話で呼んだ、これも繋がる」

 確かに小此木さんの言う通りであれば、筋は通る。だけど、解決されていないこともある。

「じゃあ、手紙はなんでしょう? 秘密にして欲しいっていうのは?」
「自分がした迷惑行為についてだよ。慰謝料も払うので、くれぐれもご内密にって」

 そういうお店でなら秘密にして欲しいことは多いかもしれないな、とぼんやりと想像を巡らせる。

「ゾンビはどうして僕に封筒を渡したんですかね」
「平くんが、お金の受取人と人違いをされたんじゃない?」
「百万円を渡す相手ですよ? なんとなく顔が似てる人に渡すってことはないと思いますけど」
「何もしないで二時間駅前に座っている人を見ていたら、s普通じゃないと思うはずだよ。少なくとも、わたしは、おかしいと思った」

「おかしい」と反復し、言われたことに少し傷つきながらも、うなずく。
「というのが真相。はー、すっきり」

 小此木さんが満足そうな声をあげ、両手で伸びをする。小此木さんは謎が解けて満足したかもしれないけど、僕をこの問題から解放してくれない大きな爆弾がある。

「それじゃあ、百万を持って、広場のベンチであの三人組が来るのを待ちますよ」

 あの屈強な三人組が僕を探し出し、「百万を返せ」と迫って来たらどうしようか、という不安は残ったままだ。例えば、家に来られたらどうする? 僕に、静海と母親を守れるのか? と自問してみるも、腕力のなさは自分が一番知っている。

 小此木さんが腕時計を確認する。

「だね。もう少しだけなら一緒にいられるから、見つけやすい場所に移動しようか」
「いや、さすがに、ここから先は小此木さんを巻き込むわけにはいきませんよ。何かあっても守れません」

 情けないけど、断言できる。僕に人を助ける力はない。脳裏に、森巣がちらつく。もし、森巣に相談をしたら、対処方法を一緒に考えてくれるだろうか。そろそろ意地を張るのはやめようか、と弱気になる。

 弾き語りをしに来ただけなのに、どうしてこんなことになったのだろうか、と考えても答えが出ない迷路に迷い込んでしまう。森巣と出会ってからおかしな事件に巻き込まれるようになったが、森巣がいなくても巻き込まれるのか、と愕然とする。

 だが、はたと不安になった。
 森巣に対して、「来ないのかよ!」と憤っていたけど、何か事情があるのかもしれない。

「もしかしたら、森巣も何か事件に巻き込まれていたりして」
「良ちゃんは巻き込まれる側ではないと思うよ」
「気にくわないとか言って、ずけずけ介入するタイプですよね」

 と言ったその時だった。お尻のポケットに入れていたスマートフォンが震える。確認をすると、『森巣良』と表示されている。「噂をすればですよ」と言って、通話ボタンをタップする。
「もしもし?」
「平、お前、今どこにいる?」

 トラブルに巻き込まれている様子はない。連絡しなかったことや、遅刻していることに後ろめたさを感じている様子もない。

「今、小此木さんと桜木町のパン屋にいるよ」
「なんだ、霞もいるのか?」
「ああ、誰かと違って、小此木さんは弾き語りを聴きに来てくれたんだ」
「そうか、俺もこれから電車に乗って桜木町に向かう」

 嫌味が通じなかったことにむっとして、「何か言うことがあるんじゃないの?」と口を尖らせる。

「そう不機嫌になるな、サプライズだ」
「サプライズだって? ああ、来なくて驚いたよ。君が弾き語りをしろって言ったくせに、来ないなんて」
「でも、驚いただろ?」
「驚いたけど、甘いよ。こっちはもっと驚くべきことが起こってる。驚き負けだね」

 さて、どう悔しがらせてやろうか、と小此木さんと目配せをし、焦らしながら説明する方法を思案していると、スピーカーの向こうから、思いもよらぬ言葉が聞こえて来た。

「当ててやる、百万のことだろ?」

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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