100万円ゾンビ(初稿−13)
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「お金を脅し取るっていうのは、感心できません」
それで結局、自分の私腹を肥やすのであれば、やってることが僕の考える正しいと思う道とはずれる。
「お金はわかりやすいダメージだってだけなんだよ。やられたことをやり返してやりたかったしね。急に法外な値段を請求される気持ちを味わってもらいたかったんだ」
「それは自分がお金儲けをする理由にはなりませんよ」
すると、ピエロは、ふっふっふといたずらっぽく笑った。
「実は最近、『虎のマスク』って名乗ってるんだけど、わかる?」
虎のマスク、虎のマスクと頭の中で反芻し、ぱっと一つ思い浮かんだ。
「あのランドセルのですか!? 養護施設に送ってるっていう」
ピエロが愉快そうに、「せいかーい」と唇を横に引いた。ピエロだったり、虎のマスクだったり、この人の本当の顔はなんなのだろうか。
「君が来てくれて、本当に助かった」
「さっきも言っていましたね。こんな大切な時にするほどの急用だったんですか?」
「病院に行くかもしれなかった。さっきも言ったけど、友達が被害者の一人でね、思いつめて、自暴自棄になって、入院して、危ない状況なんだ」
ピエロはここにきて、寂しそうな口調になった。雑踏の賑やかさがある中で、すっとよく通る悲しい旋律が駅前広場に響くようだ。
「……その人のことが好きだったんですか?」
納得しきれていないのは、普通ここまで手の込んだことをするだろうか? ということだった。
質問を受け、ピエロはしばし黙り込んだ。そして、遠くを歩く、風船を持った少女の方を向き、「大切な友人だよ」とこぼした。
「性別は関係ない。大切な友人なんだ」
噛みしめるようにそう言って、君にはいないかい? と視線で尋ねてくる。わかるかな、まだわからないかな、と視線が語っている。僕は、放っておけない友人のことを思いながら、小さくうなずく。
「だから、これは憂さ晴らしなんだ。警察に任せることも考えたけど、誰かに任せても、この気持ちは晴れない。自分でやるしかないんだ。この日のために、ぼくは覚悟をしてきた。自分は何もしなかったんだって、この先の人生で思いなが生きていたくない」
そして、ポケットからスマートフォンを取り出して、画面を操作し始めた。
「そして、大切な友人を傷つけた連中を、ぼくはどうしても許せない」
ピエロがそう言って、ポケットにスマートフォンを仕舞う。
「今、何をしたんですか?」
「ゾンビの正体を告発する情報をネットに流した。これでこの計画はお終い。彼らからは話が違うじゃないかって思われるだろうね。でも、こっちはもともと筋を通すつもりなんてない。ぼくは善人じゃないから」
少し申し訳なさそうな口調でそう言って眉のあたりを掻いた。嘘をついてごめんなさいと思っているわけではなく、きっと悪いことをしてごめんなさい、と思っているのだろう。
ゾンビ大学生たちは、女子大生を騙して性風俗のお店で働かせた外道だと、白日のもとにさらされた。一生、犯罪者としてレッテルを貼られて、生きて行くことになる。
そんなことをする権利を彼が持っているのか? と頭の中で声がする。だけど、警察は何もしてくれなかった。
もし、自分だったらどうする? もし、妹の静海が同じ目に遭ったら僕はどうする? こればかりは、当事者にしか思い及ばない領域なのではないだろうか。
パンクバンドとして有名なザ・クラッシュが歌う「I fought the law」という曲を思い出す。ギターのメロディがシンプルだけど格好良くて、聴くとぐいっとテンションが上がる曲だ。
元はクリケッツというバンドの曲だけど、「俺は法律と戦ったぜ、法律が勝ったけどな」というサビを繰り返す歌詞で、負けるとわかっても法律に戦いを挑むのは無謀だし、そのバカバカしさがパンクっぽいと思っていたけど、負けるとわかっていても戦いを挑み続けた人の気持ちは真剣に考えてこなかった。
ピエロもきっとそうなのだろう。
戦ったぜ、法律に負けたけどな、でも、俺はちゃんと戦ったんだ、という境地にいるのではないか。
じっとピエロが僕のことを見ているのに気がついた。
さて、真相を知ったけど、どうする? と視線で訊ねてきている。
おそらく、僕が警察に行けと言えば素直に自首するのだろう。
彼のような目を、僕は知っている。
他人が決めた価値観に、縛られないで生きている人間の目だ。良い奴なのか、悪い奴なのかわからない。
「僕は今、パントマイムを見ていただけです。何も聞いていません」
そこで、不意に森巣だったらこう言うだろうな、と思いつき、「だって」と言葉を付け足す。
「パントマイマーは喋らないもんじゃないですか」
違いないな、とピエロが苦笑する。