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天国エレベーター(初稿−2)

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「私たちもう帰るけどさ、優介何か困ってることない?」
「実は腕の骨が折れちゃって」
「あら、そうだったの?」

 母親が視線を移し、ギブスで固定された僕の右腕を見るとわざとらしく目を見開いた。

「ホントだ、折れてる。静海、知ってた?」
「二人とも、そういうのいいから。持ってきて欲しいものはないの?」

 持ってきて欲しいもの、と唱えながら考える。入院してもう三日経ち、退屈していないと言えば嘘になる。救急の病室から一般病室に移ったし、痛み止めの点滴を打ってもらってはいるけど、殴られた頭や腕の痛みに悶絶することもある。気を紛らわせるものが欲しくないわけではない。

 が、二十四個入りの地元銘菓と四十冊の少女漫画を静海が持ってきてもらったのだから、これ以上の贅沢はないだろう。

「特にないかなあ」
「兄は無欲だなあ」
「優介は私に似て無欲なのよねえ」

 どの口が、と思いながら妹と母親を見つめると、バッグから財布を取り出していた。
「優介、これであの綺麗な子と食堂で何か食べてきなよ。この病院、ケーキとかパフェがあるらしいよ」
「え? いいよ、別に」
「心配して電話くれて、お見舞いにも来てくれたんだから、大切にしなさいよ。礼儀正しくて、私はあの子好きよ」
「わたしも。兄が退院したら三人で遊びに行く約束しといたから」
「いつの間に」
「さっき、兄が検査に行ってる間に」
「余計なことを話してないだろうなあ」
「何も言ってないよ。わたしが貸した漫画読んで夜中に泣きながら感想を言いに来たこととか、目薬を差して欲しい時に頼んでくるとか、そういうことはまだ」
「まだってなんだよ、絶対に言うなよ」

 余計なことを吹き込んでないだろうな、とは妹に対して言ったつもりじゃなかったつもりではなかったのだが、敵は多いみたいだ。入院生活中くらい、心穏やかに過ごしたい。

 そのとき、カーテンが開く軽快な音と共に彼は現れた。

 視線がぶつかる。黒い瞳がじっと僕を捉えている。芯の強そうな迷いを感じさせない目だ。が、すぐに細められ、人当たりの良い笑顔に変わった。

 森巣良、見舞いに来てくれた僕の友達……でいいのだろうか。

「平、どうしたの?」
「実は兄が入院しちゃって」
「森巣は静海に言ったんじゃないよ」
「だってわたしも平だし」と静海が口を尖らせ、森巣がおかしそうにくすくすと笑う。母親が「わたしも平だけど」と言い出す予感がして、「二人はもう帰るってさ」と森巣に伝える。
「森巣さん、また来ますか?」
「うん。心配だし、暇だし」

 そう言うと、森巣はカバンから油性マジックを取り出して、何を思ったか僕のギプスに数列を書き始めた。

「おい」
「ここに電話して」
「電話します!」「待ってるね」
「おい」
「私もするね」「待ってます」
「おい!」

 そう言って母が妹の車椅子を押しながら二人が病室を後にした。それを見送ってから、森巣がゆっくりといつものどこか冷めた表情になっていく。

「あんまり僕の妹と仲良くするなよな」
「嫉妬か?」

 呆れて言葉を返せず、溜め息を吐き出す。

「明るい家族だな。平が底抜けにお人好しなのは、ああいう家族がいるからなんだろうな」「助け合えってのが母親の口癖だからね。でも、僕が運ばれてすぐは、さすがにすごく取り乱していたよ」

 家族が帰宅中に襲われて入院し、犯人はまだ捕まっていないのだから、当然だろう。さっきは冗談を言っていたけど、病院で妹に会った時、目を真っ赤にして大泣きしていたので、思わず僕の方が大丈夫かと訊ねてしまった。

「具合はどうだ?」
「前よかマシだけど、たまに、気を失うんじゃないかってくらい痛い」
「気を失ったらすぐに医者に診てもらえていいな」
「森巣も骨を折ってみれば、この痛みがわかるよ」
「あるぞ。足も腕も肋骨も折られた」

 すごいね、それは、驚いた。それは僕より大変だったろうね、と少しいじけた気持ちでふんっと鼻を鳴らす。

「それにしても、久しぶりじゃないか。元気だったのかい?」
「まあ、俺は骨を折られてないからな。色々調べることが多かったんだが。それはまあ、どうでもいい。詳しく話を聞かせてくれないか? 腕を折られた時の話を。何があった?」

 森巣が話し始めたので、右手を向け待ってと制する。この部屋はカーテンで仕切られているけど、四人部屋の三つが埋まっている。他の入院患者に聞かれたくはなかった。

「場所を変えよう」

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