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強盗ヤギ(初稿ー7)

       7

「もしかして芸能人の方ですか?」
「芸能人? いや、違いますよ」

 森巣が淡々と答えると、オーナーが顔を歪め、恐縮した様子で、「すいません」と連呼しながら、頭を下げた。「すいません、失礼しました。たまにいらっしゃるので」

 確かに「はい、芸能人です」と言えばモデルにでも俳優にでも見えるよな、と僕は森巣をちらりと見る。芸能人だったらサインをもらって店に飾ろうとでも考えたのだろうか。もしくは、宣伝をしてもらえるのではないかと期待したのかもしれない。ネットの評価が星が2だったし。

「全然、気にしてませんよ」
「ところで、初めていらっしゃいましたよね。このお店はどうやって知ったんですか?」
「ああ、それは、珍しいアップルパイを食べられると聞いたので」
「そうなんですよ、うちではグラニースミスを使ってるんです。アメリカに出張をしたときに食べて、本場の味を作りたかったんです。こだわりなんですよ」

 子供が親や教師に対して、自分の描いた絵を褒めてほしい、と言うような無邪気な口ぶりだった。純朴で微笑ましささえ覚える。

「こだわりですか、素敵ですね。ちなみに、店は勝手にしやがれですか?」
「はい? 勝手に?」
「いえ、なんでもないです」

 ばつの悪い間が生まれ、「それでは」と言って、オーナーがカウンターの中に戻って行った。オーナーを見送ってから、森巣は肩をすくめるポーズを取る。

「森巣が突然勝手にしろとか言うから、変な空気になった」
「『勝手にしやがれ』は映画の名前だ。登場するカフェの名前が同じだったから、そうかと思ったんだが、拍子抜けだ。アップルパイも期待はずれかもな」
「また知らない映画だ。面白いの? それ」
「冗長で、意味深で、退屈だけど、面白い」

 退屈だけど面白い、という理屈がわからなくて眉根に皺が寄る。

「そんな映画を観るのは、最高に贅沢な時間の使い方だと思わないか?」
「難解なものよりも、普通に楽しいものを観たいけど」
「宿敵を撃ち殺すような?」
「感動の再会をするような」

 森巣は「ま、映画ならなんでもいいか」と言って、お冷を口に運んだ。注文したものが届くのを待っている間、手持ち無沙汰になり、気まずい沈黙が生まれた。牧野とであれば、牧野が一方的に僕に部活の先輩の話であるとか、昨日見たテレビの話を一方的に喋ってくれるので楽なのだが、森巣とは何を話していいのかわからない。

 森巣もどこか落ち着かない様子で、店内に視線を泳がせている。もしかしたら、森巣も小此木さん以外にこうして話す相手がいないから慣れていないのかもしれない。

「映画、好きなの?」と質問をしてみる。ご趣味は、と訊ねるような当たり障りのないものに思えたけど、それくらいの手駒しかない。

「本当に興味があるのか?」と刺すような視線を向けられる。会話はキャッチボールなんだよ、と教えてやりたくなる。

「僕らはお互いのことを、よく知らないじゃないか。特に森巣は、学校では好青年ぶっているし、少しくらい本当の森巣のことを知りたい」

 理解できない相手と一緒にいるのは少し怖いんだ、という気持ちもあったが、それは口にしない。半ばまくし立てるようにそう言うと、森巣は言おうか言うまいか逡巡するような間を置いてから、ゆっくり口を開いた。

「子どもの頃アパートに住んでいたんだ。そこの大家が契約をしていたからCSが映ってな、俺はそれをずっと見ていた。飯を食う、トイレに行く、呼吸をする、と同じくらいの役割だったな、映画は。いや、飯は全然出てこなかったから、映画からの方が栄養をもらったかもな。映画がなければ俺は死んでいた」

 子供の頃からずっと観ていたから映画が好きなのか、と理由はわかったけど、聞き捨てならないことが話に出て来た。「ご飯、出てこなかったの?」

「育児放棄と児童虐待、よくある話だ。腐った家だったからな、あそこは。実際、冷蔵庫の中身も腐っていたしな」

 飄々とした口ぶりだった。だからすぐにまた、「冗談だよ」と笑みを浮かべるのではないか、と続きを待ってしまう。森巣がすぐに、くっくっくと肩を揺らしながら笑い始めたので、ほっとする。

「この前観た映画の名言には笑ったな」

 思い出し笑いをしていたのか、と肩透かしを覚えつつ、「何?」と訊ねる。

「『復讐は何も生まない』」
「うん」
「『けど、スッキリする』」

 身も蓋もない。復讐をしたら、新たな憎しみが生まれるからやめておきなさい、とか、罪を悪んで人を悪まず、いうのが常識で道徳的ではないか、と眉をひそめる。

「それでも、復讐はよくないよ」
「平には、復讐したい相手がいるか?」
「どうしてそんな質問を?」
「俺だけ答えるはおかしいだろ。不公平だ。いるのか? いないのか?」
「いないよ」
「じゃあ許せない相手とか」
「いないよ」
「強いて言えば?」

 強いて言えば? と僕は自分の中を覗き込み、訊ねる。底の方に、一人いて、思い出して、ああと嘆きたくなるが、それを掬い上げる。

「……強いて言うなら、父親かな」
「ほう、どうして」
「子どもの頃、妹が歩けなくなって、厄介だ、面倒だ、と思って逃げ出したんだ」

 おまけに、他所に女の人との関係を作っていたというのもうっすら知っている。さらに、母親は秘密にしているけど、離婚時に約束した慰謝料をちゃんと振り込まなくなっていることや、それを罰する法律がないことも、僕は知っている。

 大切な人間関係を、無責任に放り出す、そんな大人にはなりたくない。父親代わりになれるなんて思っていないけど、妹には君のことを放り出す人間ばかりじゃないよということは体現して教えたいと思っている。

 小さい頃の記憶だし、僕は父親の顔も覚えていない。母親も許していないからか、悪影響だと思っているのか、写真を一枚も残していない。父親は消えたけど、恨み、だけは家のどこかに潜んでいるような気がする。

「父親が憎いのは、俺たちの共通点だな」
「まあ、そうだね。もし会っても、きっと僕は復讐なんてできないけど」

 俺がお前の父親だ、という男が現れたとしても、何かを悔しがせるようなことを言うことも、暴力に訴えることも、できる気がしない。

「森巣は、父親にどんな復讐をするつもりなの?」
「特にないな。あいつはもう、完膚なきまでにぶちのめされたから。それに、あのろくでなしに一つだけ感謝しているんだ。あいつは俺を不死身にした」

 森巣は口元を歪めてシニカルな笑顔を浮かべ、右手をこちらに向ける。ピアニストのような長く細い指が綺麗で見惚れそうになるが、手のひらを見てぎょっとする。人差し指の付け根あたりから、斜めに一線、ミミズ腫れのようなものが浮かび上がっている。

 柳井先生の家でも見せられたな、と思い出し、「どうしたの、それ?」と質問する。

「包丁で切りつけられたときに、庇ったらこうなった。おかげで、生命線に終わりがない」

 親が子供に向かって包丁を振り下ろした、話を聞いただけで、頬が引き攣る。嘘ではない、ということを、痛々しい痣が雄弁に語っている。

「まさか、それで、不死身?」

 そうだ、格好いいだろう、と自慢するように森巣が手のひらをひらひらさせる。

「言いにくいんだけどさ」
「なんだ」
「生命線は左手だよ。右手じゃない」

 初めて、森巣が素の表情を見せたようだった。きょとんとした顔をし、左右の手を交互に見る。

「騙された」と漏らす。
「マジでか?」
「マジでだよ」

 森巣が、「おいおい」と漏らしながら、「最悪だな、あのろくでなしは、いいこと何もしなかったのかよ」と口を尖らせた。

「生命線短いし、やっぱりしておくか、復讐」

 落胆し、肩を落とす森巣を見ていたら、なんだかんだ言って彼も僕と同級生なのだな、とやっと親近感を覚えた。そして僕はずっと言いそびれていたことを伝える決心をする。それが今回、森巣に付き合うことにした目的だ。

 胸がざわつき、口の中が乾いていることに気がついて、お冷を一口飲んで一呼吸置いてから、口を開く。

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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