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100万円ゾンビ(初稿−5)

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 うそうそ、と再び小此木さんが冗談っぽく笑い、そして「そーねー」と腕を組んだ。

「貯金する」
「堅実ですね」
「つまらないって思ったでしょ?」
「店中のパンを買い占めるって言うかと思いましたよ」
「さすがに、そんなに食べきれないよ。五個だけで満足」

 トレイの上に並ぶパンを眺めながら、五個だけで満足、と言っていいのかと苦笑する。五個もあれば満足、の言い間違いではないか。

「貯金はするけど、ちゃんと使い道は決めてるよ」
「大学の学費ですか?」
「大学は国公立にするし、奨学金でどうにかするつもり」
「じゃあ、何に使うんですか」
「選挙の出馬費用の足しにする」
「生徒会選挙じゃないですよね?」
「生徒会に供託金はいらないよ」そう言って、小此木さんが豪快な笑い声をあげた。そりゃそうなのだが、高校の先輩に「小此木さんは、政治家になるんですか?」と質問をする方が現実味が薄かった。

「いつかね。大学で研究して、社会経験を積んでからの話だと思うけど」
「なんでまたって言い方もあれですが、政治家の知り合いでもいるんですか?」

 テレビやインターネットニュースでは、日替わりで政治家の不祥事が報道されている。やるべきことをせずに甘い汁を吸い、それがバレてもシラを切り通し、掲げたマニフェストをしれっと破る姿は、選挙権を持たない僕にも失望を与えてくる。

「いないよ。この国には信頼できる政治家が誰もいない」
「だったらどうして」
「だからこそ、なのかな。誰も戦わないなら、戦いたいじゃない」
「誰とですか?」
「貧困と格差」

 小此木さんの口から、得体の知れない巨大な生き物が二匹ぬっと飛び出してきたようで、身がすくみそうになる。そいつらは大きくて狡くて強い、僕に一体何ができるのだ? と途方に暮れそうになる。

「その所為で子供が苦しむのが嫌なのよね」

 ま、そう言うわたしはまだ子供なんだけどねと、付け足した。
 森巣も頭が切れてすごいと思っていたが、小此木さんも立派なことを考えているのだなあ、と思い知る。

「自分のことでしか悩んでないのが、恥ずかしくなってきました」と僕は身を縮める。

 弾き語りをするのが怖いとか、誰も聴いてくれないなあ、など瑣末なことではないか。

「仕方ないじゃない。だって、百万円だよ? 悩んで当然でしょ」

 なんの話ですか? と首を傾げ、すぐに茶封筒に入った百万円の話か、と思い出す。

「忘れてたでしょ」「恥ずかしながら」

 僕にも考えるべき大問題があった。百万円が手元にあるということを、まだ現実的に受け入れられていない自分がいる。百万円を持っているのに、ソーセージロールを口に運んでいる方がおかしい気がする。

「間違えて別の封筒を入れちゃったとか、何かの事件に関係するって考えはどうかな?」
「どれもなんだかきな臭いですね。間違えた封筒を入れたにしても、そもそも百万円の入った封筒をどうして持ち歩いていたのか。やっぱり何かの事件のお金ってことですよね」

 例えば、何か強盗事件があり、逃走中に証拠を隠すため、なくなく金を僕に押しつけた、というようなことはないだろうか。

 スマートフォンを操作し、ニュースサイトを表示する。最新のものをいくつかチェックしてみたが、見出しに「銀行強盗事件が発生。犯人は桜木町方面へ逃走中」とというものはない。

「虎のマスク」と名乗る人が、児童養護施設にランドセルや勉強机などを寄付しているというニュースを見て、なんだかちょっと嬉しくなった。が、次に女子大生に借金を背負わせて風俗店で働くよう斡旋していた男が逮捕されたというニュースが流れてげんなりした。

「そういえば、平くんは電車の遅延に巻き込まれなかったんだね」
「ええ、始める二時間前からここに来てたんで」
「二時間!?」
「家にいても、そわそわしちゃうんですよ。そろそろかなって時計を何度も見てるなら、出掛けちゃおうかなと」
「でもまあこの辺は、ショッピングモールもたくさんあるから、早めに着いても時間を潰せるかあ」
「いえ、ずっとベンチに座ってました」
「二時間も?」

 小此木さんが信じられない、という顔でまじまじ僕を見つめてくる。

「早く来たのに、戻る時間を考えて腕時計を何度も見るのが嫌なんですよ」と弁解する。
「でもまあ、大道芸人さんもいるし、駅前でも楽しめるね」

 窓ガラス越しに駅前広場に視線を向けると、青いオーバーオールに白黒ボーダーのシャツを着た、ピエロメイクの男がパントマイムをしていた。壁を作ったり、カバンが持ち上がらない、とコミカルな動きで、僕の弾き語りよりもたくさんの人の足を止めている。

「あの人は、僕の弾き語りと入れ替わりだったんで、いなかったですね。僕は、ぼーっと駅前の風車とか見てました」
「風車を?」
「はい」
「二時間?」
「はい」
「わたし、平くんのことがわからなくなってきたよ」
「遅刻したくなかったので。小心者ってだけですよ」

 だから本来、弾き語りを一人でできるようなタイプじゃないのだ。ライブハウスだって、なんだか怖い場所だと思っている。

「もしかしてさ、その二時間で何か変なものを見ちゃったんじゃない? で、その口止めに渡した」そう言って、小此木さんがベーグルをちぎって僕のトレーに置く。
「口止めですか?」「おすそ分け」

 いただきます、と口に放ると、もちもちとしたベーグルの中には、ごろごろしたチーズの塊が入っていて美味しかった。美味しいです、と伝えると小此木さんは得意そうに笑った。

「で、何か見なかった?」
「カップルの痴話喧嘩と、子供がアイスを落として泣いてるのと、女子高生三人組がSNSにあげる為になのか一生懸命踊ってるのは見ました」
「あんまり関係なさそだね。ところでさ、良ちゃんには相談しないの?」

 小此木さんがパンをむしゃむしゃ食べながら、なんの気ない様子で訊ねてきた。森巣の名前が出て来て、思わず眉間に皺が寄る。森巣に相談をすれば、その百万はこういうことだろ、とすぐに解決してもらえるかもしれない。
 だけど、今は素直に頼る気になれなかった。
 森巣、お前、来ないのかよ! という憤りが完全に消えていない。

「君がいない人生は耐えられない、これから俺はどうすればいいんだ?」
「どうしたの急に?」
「って痴話喧嘩してる男が喚いていて、本当にこういうことを言う人がいるんだって驚いたんですけど」
「情熱的だねえ」「傍迷惑ですよ」
「それで、恋人はなんて?」
「自分でどうにかしろ! って一括して颯爽と歩いていきました」
「それは、なんと言うか、力強い」

 恋人に去られた男は、しばらくその場で呆然としていたが、自分でどうにかしなければと思ったのか、肩を落としつつも恋人と反対側へ歩いて行った。

「僕だって、森巣が来なくても弾き語りができたんです。この問題も別に森巣がいなくても解決できますよ」
「平くんって」
「なんですか?」
「意外とムキになるんだね」
「別にムキになんてなってないですよ」

 全然なってませんね、とかぶりを振る。

「ただ、弾き語りに来てくれた小此木さんと、言い出しっぺの癖に音信不通の森巣じゃ、接し方が変わるのは自然なことですよ」
「そして根に持つタイプなのね。だんだん平くんのことがわかってきた」と小此木さんが苦笑する。「でもさ、わたしは頼ってもいいんだ?」

 うっと返答に窮する。「自分でどうにかしろ!」という男の一括が頭にこだまするようだった。

「すいません、こんな巻き込んじゃって小此木さんは迷惑ですよね」

 この百万円にまつわるトラブルに小此木さんは無関係だ。これから何か予定があったりしたら、拘束してしまっているようで申し訳ない。

「いや、わたしはいいよ。弾き語りを聴きに行って、平くんと仲良くなっちゃったって良ちゃん悔しがらせたいから」
「別に悔しがらないと思いますけど」
「あと、百万円の謎があって、それを一人で解決したって言ったら、良ちゃんはきっと悔しがるよ」

 一人で? 一緒に解決してくれるのでは? と視線で訊ねると、小此木さんが自分のトレーをこちらに寄せて来た。物欲しそうな目で、僕のクリームパンを見ている。

「わたしが手伝ったことを秘密にしてあげなくもないよ」

 クリームパンを千切って、そっと小此木さんのトレーに置く。

「おやおや、おすそわけ?」「口止めです」

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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