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天国エレベーター(初稿−7)

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「僕の紙袋が何も盗まれないで返された。結果的に何が起こったのかわかった」
「何が起こったんだ? 困ったから俺を呼んだか?」
「その通り。僕が君に相談をして、呼び出すことが目的だったんだよ」
「だろうな。理学療法士の格好をして、盗みに行ったのかもな。病院にいそうな格好をしていたら、関係者だと思い込むもんだ」

 軽口で返事をしたのかなと思ったけど、森巣の表情は真剣そのものになっていた。

「まさか、気付いてたの?」
「平からメッセージが届いて、何か仕掛けれたと思っていたし、話を聞いて、そうだろうなと確信した」

 どうして、と僕は口を動かす。

「もしかして、僕を襲った奴を調べてるから?」
「ああ、おそらくな。嗅ぎ回ってるのが気付かれて、誘き出されたんだろう。今も見張られていると考えるべきだ」
「まさか、さっきの女医さん?」
「いや、あれは本当に違う」と森巣が苦笑するが、こっちの不安や胸騒ぎが止まらない。

「さすがに人前で何かしてくるってことはないと思うけど、病院を出たら森巣が襲われるってことはないかな?」
「あるかもな」

「どうしてそんなに、余裕ぶってるんだよ。危ないのは君なんだぞ。僕のせいで」
「平、勘違いをしてるぞ」
「何?」
「余裕ぶってない。余裕はないからな」

 森巣がそう言って、コップの水を口に運んだ。

「なあ、もういい加減に警察を頼ろう。助けてもらうんだよ。今までのことを話せばきっと追い返されることもないって」
「いや、戦う選択肢はあっても、警察を頼る選択肢はない。俺が今までに犯人を逮捕させたこともあったが、あれはただの手段だ。刑務所にぶちこんでやりたかっただけだ。俺にとって警察は守って欲しいと頼む存在じゃない」
「どうしてなんだ? どうして自分一人でなんとかしようとするんだ」

 全然話が通じない、コミュニケーションが取れないことに、歯がゆさと苛立たしさを覚え、声を荒げてしまう。

 すると森巣は、僕を制するように右手のひらを向けた。そこには、目立つミミズ腫れになった線が刻まれている。

「俺が父親に暴力を振るわれて育った話は前にしたよな。昨日も骨折したと話したが、全部あいつにやられたものだ。警察も偉い奴らも、誰も俺のことを助けなかった。ルールを守った奴らが守ってくれなかったら、どうすればいい。自分自身が強くなるしかない」
「本当に、助けてくれなかったの?」
「嘘だと思うのか?」

「そうじゃない」ただ、それは、とても悲しいことだから、心がとても苦しくなった。
「俺は他の誰かじゃなくて、自分を信じている。気にくわない連中には立ち向かうし、守りたい奴は守る。それができなかった時に、何もしなかった奴の所為にしてのうのうのと生きるのはご免だ。お前とも事件を解決したが、俺はずっと前から、こういう目に遭うのも初めてじゃない。自分が安全じゃない道を進んでいる覚悟はしている」

 森巣が語っているのが、悟ったふりではないということが、尋常ではない真剣な目つきから伝わってきて、それが辛かった。

 覚悟をしていなければ、今までの無茶はしてこなかったはずだ。理解はできる。だけど、僕といた時間は楽しくなかったのか、例えば雑談をしたり、甘いものを食べたりするようなあの時間だって良いものだと思わなかたのか、とやるせなさに襲われる。

「今回は予想できなかったことが起きた」

 僕が呼び出してしまったからだ、と胸の奥がぎゅうっと握られる。

「が、考えがないわけじゃない。平の骨を折って、嗅ぎ回る俺を狙ってる奴は、滑川を仕留めそこなった、だろ?」

 やり切れなさで曇った頭を慌てて拭いて、相関図を頭の中で描き、そういうことになる、と相槌を打つ。

「俺は今日一日、死ぬ気で逃げ切る。そして明日、八木橋と組んで滑川の奇襲をしかける。が、その前に不審者を見つける。その情報を八木橋経由で滑川に流せば、護衛がそっちに行くはずだ。そして、警備が手薄になった滑川の個室に行き、俺が叩く。不審者が滑川の護衛に勝てば、景品としてのびてる滑川が手に入る」
「すごい……それ、今考えたの?」

 止める為の言葉を探すべきなのに、テキパキと組み立てられた計画に思わず感心の声を出してしまった。

「まあな」
「だけど、どうやって不審者を見つけるわけ」
「それは、平に頼みたい」
「僕?」
「お前は目が良いからな。この食堂にいる、俺を狙う不審者の目星をつけてもらいたい」
「そんな、責任重大じゃないか。一体どうやって」

 大きな爆弾を、急に手渡された気持ちになる。爆弾の存在を悟られていないか気にするみたいに、おそるおそる周りを見る。食堂には、ざっと見た感じでも四十人ほどいる。一クラス分、僕の人生の経験で覚えられない人数ではない。が、それでも、だ。

「この店にいる全員を覚えろとは言わない。俺が出て行った後、すぐに店を出た奴だ」
「それなら覚えられる」
「じゃあ、任せたぞ」

 森巣がそう言って立ち上がり、僕の脇を通り過ぎようとした。ので、彼の腕を掴む。

「森巣、僕はまだ引き受けたとは言ってない」
「なんだ。できるか不安なのか?」
「違う。計画が成功するのかが気になってるんじゃない。君がやろうとしていることが、正しいんだと確信させて欲しいんだ。襲うとか襲わないとか、そういうことをしないでも解決する方法を君なら考えられるんじゃないのか?」

 すると森巣は、何かを覗き込むような目をして、僕を見た。

「俺を信じろとは言わない。お前自身が何を正しいと思うかを、他人に委ねるな。自分で決めるんだ。俺に手を貸してもいいと思ったら、手を貸してくれ。警察に通報したかったら、そうしても構わない。平の好きにしろ」

 そう突き放すように言われ、掴んでいる手を離す。

 森巣は何かを続けようと思ったのか、口を開きかけたが、閉じて食堂を出て行った。僕はいなくなる森巣と、彼を追うように消える男の背中と、ぽかんと空いた店の出口をしばらく眺めていた。

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