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天国エレベーター(初稿−9)

       9

 僕の質問を受け、花坂さんが喉に補声器を当てる。

「何者、とは?」
「質問を変えますよ。僕がここに来た時、電話をしてましたよね」
「ええ。誰もいなかったので。ルール違反はまずかったですね」

「いえ、僕が気にしてるのはそこじゃありません。右手に電話を、左手にペンを持っていた。机の上にはメモをした跡がある。右手と左手が埋まっているのに、あなたはどうやって話してたんですか?」
「これを使って、ですよ。補声器とペンを交互に持ってやりとりしてたんです」
「いいえ、僕が話しかけたら、あなたはポケットの中から補声器を取り出しました。使ってませんでしあちょ」
「そう、でしたかね」
「マナー違反だと思って聞かなかったんですけど、あなたは何の病気なんですか?」

 森巣が言っていた、「病院にいそうな格好をしていたら、関係者だと思い込むもんだ」という言葉を思い出す。入院着を身にまとい、補声器を使っている彼のことを、僕はすっかり入院患者だと思い込んでいた。

 花坂と名乗っていた男は、ふーっと息を吐き出して、首に巻いているストールを外した。傷ひとつない首が露わになり、ストレッチに合わせてボキボキと音が鳴る。

「緊急ミーティングをしようか」

 その言葉と声には聞き覚えがあった。僕を警棒で殴打し、骨を折ったキノコ男だ。

「声でバレないように補声器をつけていたんだよ。結構いいアイデアだっただろ?」
「髪の毛はどうしたんですか?」
「あれはウィッグだよ。この眼鏡だってなかなか似合っているだろ?」

 男は眼鏡に触れ、楽しそうに片頬を歪めた。

「私からも質問していいか? どうして君は気づかないふりをして逃げないで、わざわざ挑んで来たんだ? 何か勝ち目があるのか?」
「勝ったとか負けたとか、どうでもいいんですよ、僕は丸く収めたいんです」
「ほう」と興味があるのかないのかわからない相槌が返される。
「あなたの狙いは上のVIP個室にいる滑川なんですよね。森巣が何をしたか知りませんが、あいつを狙うのをやめて下さい」

 男が黙っているので、唾を飲み込み、説得を続ける。

「明日、僕と森巣がここで騒ぎを起こして、滑川の護衛を引きつけます。あなたはその間に滑川の所に行けばいい。そして、僕らにはもう関わらないでもらいたい」

 これは悪い提案ではないはずだ。森巣の何が気に障ったか知らないけど、見逃してもらえるくらいのことはするつもりでいる。

 が、男は顔に落胆を滲ませ、首を小さく横に振った。

「なんだ、まだ気づいていなかったのか。君は全部に気付いたような顔をしいたから、てっきりバレているのかと思ってしまったよ」

 どういうことか、と眉間に力が籠る。

「私は滑川を狙ってなんかいないよ。滑川は私だからね」

 男は金髪のウィッグをつけて僕の前に現れ、入院患者のふりをして僕に接触し、自分が森巣と対立している男、滑川だと名乗った。理解が追いつかず、頭が真っ白になる。

「出会ってみると、なんだ、大したことはなさそうじゃないか、そんな風に思わないかい?」

 僕が知っている中で一番冷酷なことをしている人間は、とても穏やかな顔をしていた。

 向かいに座る男、滑川が落ち着いた口調で語りかけてくる。丸い眼鏡は知的で、威厳や自信を感じさせる高い鼻をしている。物腰も柔らかく、学者然としている。

「あなたが、本当に滑川なのか?」
「ああ、そうだよ」
「クビキリとか強盗ヤギとか、最近起こっている色々な事件の首謀者の?」
「それは違うな」

 この柔和そうな人物が、人の不幸や悪意を利用する犯罪者が繋がらない。
が、「正確には」と男は続けた。

「アイデアを売る仕事は、最近始めたわけじゃないんだ。十九の時からだから、もう六年になるかな。若い頃は年齢のせいでナメられて、腹が立ったものさ。見下されるってのは不愉快だよな。だから、私は君たちのことを子供だからと侮ってはいないよ。正当に評価している。だから、こうして直接相手することにしたんだ」

 男、滑川は母校の後輩に話しかけるように、優しく語って笑みを浮かべた。

 が、彼の言うことが本当だとすれば、安心なんてものは、今すぐ遠くにかなぐり捨てなければならない。そして、そして、と頭の中で言葉を埋める。その先、どうすればいいのかがわからず、奥歯を噛み締めながらじっと滑川を見つめる。

「そう固くなるなよ。君はただの餌で、目当ては森巣良、彼だからね」
「僕の骨を折ったのはもしかして」
「ああ、森巣くんを誘き出す為だよ。君、強盗ヤギのときに一緒にいただろ? もしかしたら仲が良いのかなと思ってね。家族と仲が悪かったら、別に死んでも悲しくないだろうけど、自分で作った友達に何かあったら、ちょっとは気になるかもしれないだろ?」

 形勢がどんどん不利になっていく。ゲームで自分が駒を置こうと思っていた場所をどんどん奪われていくみたいだった。

「でも、あんたなら、人をけしかけて僕らを殺すこともできたんじゃないのか? どうして自分でこんなことを?」
「さっきも言ったと思うが、幸福とは自分自信を満足させることだ。そして、満足は勝利することだけで味わえる。勝利し続けることが、幸福な人生なんだよ」

 真っ直ぐとした口調で言われ、僕は自分が違和感を覚えていることが間違っているのではないかと思いそうになる。

「自分の仕事にケチをつけられたのが堪らなく嫌でね。だから、君のお友達には、しっかり勝って満足したいんだよ」
「森巣を、どうするつもりですか?」
「彼、結構良い顔をしてるね。顔が良いってのも損だな。海外から取り寄せた道具の耐久実験に使いながら殺そうと思ってたけど、変態のオモチャに売り飛ばしてもいいし、スナッフ動画にしてマニア共に売るか迷ってるところだよ。スナッフ動画ってわかるか? 人が殺される動画だ、世の中おかしな趣味の奴がいるよな」

 足の多い虫が身体中を這うような気色の悪さと怖気を感じた。全身の毛が逆立つのを感じ、このことを知っている僕が滑川を止めなければ、と呼吸が荒くなる。

「君のことは巻き込んで悪かったし、明日まで退屈だから勝負をしないか?」

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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